古今東西音楽館増築部

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ジュリー・ロンドン・オン・TV?
Julie London On TV
東芝EMI TOCP-8626(1995)

歌う女優のTV番組シリーズ! と思いますよね。「On TV」なんてタイトルが付いていたら…。でも単なるベスト盤。『ザ・ベスト・オブ』ではつまんねえと担当者が思ったのか確信犯的詐欺なんです。。つまり,この盤のリリース時にTV-CMが2本流れていた。それだけの理由で。まあ20曲も入っていて,40〜50年代の超有名曲ばかり。ちょっとハスキーでマイルドなジュリー・ロンドンの入門用としては最高の最適CDではあります。
| gingerpop | oldies | 00:00 | comments(0) | trackbacks(1) |
Ann-Margret
Ann-MargretThe Very Vest Of Ann-Margret
RCA/BMG 07863 69389-2(2001)

 歌う女優シリーズ。<何時の間にかシリーズ化が決定しています。(笑) アン・マーグレットです。ロック・ファンなら,ザ・フー(The Who)のロック・オペラ映画『トミー(Tommy)』の母親役と言えばわかるかな。ナンシー・シナトラとほぼ同年齢のはずね。

 昔“バイバイ・バーディ(Bye-Bye Birdie)”1曲だけ聞いてコケティッシュな声にシビレていたにも関わらず,長い間良さそうなベスト盤に出遭わなくて。最近ようやくRCA100周年記念なる1枚を買ってみました。100周年記念というくらいだから名曲・佳曲・小品何でもござれの大盤振る舞い70分超かと思ってたのに,エルビス・プレスリー(Elvis Presley)とのデュエット2曲を含む60年代初頭のたった14曲だけのベスト盤でした。“バイバイ…”も“ワン・ボーイ(One Boy)”も入ってない。(▼▼メ)

 期待と全く異なってはいましたが,彼女の魅力が炸裂する1枚でした。以前,スタンダードを集めたアルバムで“ムーン・リバー”を歌っているのを聞いて,ずっと女優が本業のヒトかと思ってたので,ソツのない音楽活動をしているのだろうと完全に誤解していました。最初はロック・バンドを組んで歌ってた所をスカウトされたんだそうですね。見かけ通りのイケイケのお姐ちゃんだったんでしょう。映画で見てもダンス上手いし。ただブックレットの写真は好みではないの。髪をアップでなく流した,もう少し悪女っぽいセクシーなものの方が好きなんですがね。

 歌は驚きですよ。1961年のヒット曲"I Just Don't Understand"はのっけからブルージーなファズ・ギターのイントロで,思わず中身が間違ってるのかと思いデータを確かめました。プロデュースがチェット・アトキンス(Chet Atkins)というのも驚きで。以下かっこいいロックンロール,しっとりしたカントリー調の曲が続きます。ガールポップの走りのような印象的な曲も。
 なにより声の質がとっても好み。ナンシー様には敵わないけど。ほどよい甘さもあるのね。さらにマリリン・モンローみたいに女優ならではの歌い回しやセリフがとてもキュートで。うふ。

 映画の挿入歌も数曲入ってて,こちらはジャジーなオーケストラやバンドをバックにムードたっぷりのスタンダードっぽい曲で,ただもううっとりと身を任すのみ。古いサントラのコレクターが独占してるのはズルイ(笑)。CD化されてるのでしょうか。
| gingerpop | oldies | 20:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
ドミニク(Dominique)(3)
 ペギー葉山版“ドミニク”を入手しました。
 当時の歌としては長い,5分近くもあるペギー版は<日本語詞:あらかはひろし>となっていました。日本語詞?…ふうーむ。。リピートの部分は,♪「ドミニク ニクニク そまつななりで 旅から旅へ どこに行っても 語るのはただ 神の教えよ〜」です。「心やさし 強い人」はありませんでした。ピーナッツ版は内容が女の子が主人公だし,リピート部はなかったし。実際の所「みんなのうた」版はどんな歌詞だったんでしょうか。こうなったらナンとしてでも手に入れてやるっ。あ,「ナン」はオリジナルの「シンギング・ナン」のみんなにちなんでみました。失礼しました。(;^_^)ゞ

 みんなのうた版“ドミニク”(1964/04):東京放送児童合唱団 作詞・島恵郎
 そうか。こちらも「作詞」かあ。(謎爆)

 オリジナルのフランス語の歌詞は見つけてるんで,単語をいくつか引けばすぐ解決するでしょう。予想はついてるんで,英語訳のあるサイトに行き当たればダメ押しできて解決の予定。また近々このネタで書けると思います。

 今回のCDは「青春POPS'50〜'60 テネシー・ワルツ」キング: KICS-80001(1998)です。ペギー葉山が8曲も入っているので,前から探していたものです。他はほとんどが持っている曲とダブるんですが,江利チエミの「テネシー・ワルツ」「カモナ・マイ・ハウス」など,テイク違いが入っていたのでラッキーです。でも,収録されてる音の年代にバラつきがありそうだし,そんな録音・発売データも歌手との関り・裏話などもない解説が物足りないコンピレではあります。西洋音楽の受け入れ事情に興味のある身としては,,あまり役に立つものではありませんでした。
| gingerpop | oldies | 15:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
涙のバースデイ・パーティー (It's My Party)
It's my party 60年代のガールズ・グループを追いかけ始めたのは,どうも,このシングル盤を買ってからのような気がします。そもそもオールディーズに対する偏見があって,カバー曲ですら興味を持って買ったことはなかったはずですから。

 ジャケットからは想像できないでしょうが,れっきとしたレスリー・ゴーア(Lesley Gore)のあの曲です。1981年に,デイブ・スチュワート(Dave Stewart)とバーバラ・ガスキン(Barbara Gaskin)の2人によって世に出されたこのレコードは,英国内外でミリオン・ヒットとなりました。
 普通の音楽ファンで知っている人はほとんどいないだろうこの2人ですが,館主の最上級のお気に入りである英国のバンド Hatfield & The North のキーボーディスト&コーラス隊でした。
 デイブはこの前に自分のレーベルを立ち上げて,コリン・ブランストーン(Colin Blunstone; ex.ゾンビーズ)と,ジミー・ラフィン(Jimmy Ruffin)の“恋にしくじったら(What Becomes of the Broken Hearted)”で,80年代テクノ・ポップの幕開けとも言えるヒットをさせています。日本でもアルバムが何枚か出たので,この時期のデイブの仕事をきっかけに古いポップスに興味を持つ人が増えたかもしれません。

 記憶を掘り起こすと,この辺りの曲はロネッツやクリスタルズなどと一緒に,洋楽好きだった従兄に聞かせてもらっていたはず。ただし,まだまだ英語の歌には興味がなくて,怪獣映画と併映される加山雄三が音楽的アイドルだった頃の事であります。

 この歌の日本語バージョンの記憶がなくて,カバーしている歌手が誰かいないか調べてみると,園まりの今年出たベスト盤に入っているじゃありませんか。他に洋楽のカバーでは“ほほにかかる涙”“ヴァケイション”“太陽はひとりぼっち”の3曲が聞ける。デビューしたての頃ですな。あら,BOXセットには“鍛冶屋のルンバ”や“ベルリンの街角で”なんて聞いたこともない歌が入っているわ〜。

 それにしてもまりちゃん,どんな訳で歌っているんでしょうね。元カレのジョニーを奪っていったジュディを日本人の名前にすると,とんでもなく泥臭くなりそうな所だけど。アメリカンなライフ・スタイルである「パーティ」をそのまま憧れのキーワードにして,泣きながら一晩中レコードかけて踊っちゃう娘を演じてるんでしょうか。ああ,聞きたくて堪らなくなってしまいました。(笑)
| gingerpop | oldies | 17:00 | comments(1) | trackbacks(0) |
ドミニク(Dominique)(2)
 ザ・ピーナッツ版“ドミニク”を入手しました。「レッツ・ゴー ピーナッツ!」キング: KICS-545(1996)です。昭和37と39年に出たLP「ピーナッツのヒットパレード」第3集と第4集から20曲収録したもので,解説はなかったものの“モスコーの夜は更けて”も入っていて,ラッキー。
 件の“ドミニク”は,はたして女性版の歌詞でした。訳詞は福地美穂子,曲はTrad.になっています。前に書いた歌詞とは微妙に違ってましたが,問題の個所はちゃんと♪盲の少女…と聞き取れました。歌詞カードにも載っています。「不適当な表現を削除」されているだろうと思っていたので,ちょっと驚きました。

 しかし謎が増えてしまいました。映画「歌え!ドミニク」で主演のデビー・レイノルズが歌った版は,映画の公開と同じ1966年。ピーナッツは1964年です。オリジナルのヒットが1963年。どうなっているのでしょう。
 アメリカでのリリースの為に録音し直された版が作られて,それが女性版だったと。仮説を立てておいて調査ケイゾクとしますか。フランス語が理解できれば即解決なのかもしれませんが。(苦笑) さて,真相はいかに。

 オマケ:時々「ベルギー語でヒットした」という解説を目にすることもありますが,ベルギーはオランダ語(フラマン語),フランス語(ワロン語)を使う2言語圏に少数のドイツ語地域で構成される国だそうで,スール・スーリールの版はフランス語で歌われてるように聞こえます。
| gingerpop | oldies | 10:59 | comments(2) | trackbacks(2) |
ウィリアム・テル序曲(William Tell Overture)
 最初に聞いたのは音楽の授業だったと思う。小学校だか中学校だかの授業の記憶は霧の彼方であるため,動物の謝肉祭とか,くるみ割り人形とかと一緒くただが…。ここまで読んで,それはクラシックというジャンルの音楽でわないのか何処がおーるでぃーずなのか,と,そう突っ込んで来る人がいると思うので,少々嘆いておく。嗚呼,時代は変わってしまった。うぃりあむてると聞いて「うがい」の音を連想してしまう人間は圧倒的少数になってしまい,「ハイヨー!シルバー!」「キモサベ」と叫ぶ者もどれ程残っているだろうか。

 かつて,音楽の途中でピストルが発射されたり,動物の鳴き真似や妙ちきりんな日用品楽器が割り込んで来たり・・そんな面白いクラシックの楽曲がポピュラー音楽界には,かつて存在していたのだ。スパイク・ジョーンズの「ウィリアム・テル序曲」がヒット・チャートを賑わしたのは,まだ最近,1947年のことであり,白馬に乗った仮面のヒーロー,ローン・レンジャーがブラウン管に登場するたびに鳴り響く勇壮な曲を,日本中の少年が毎週心待ちにするようになったのは昭和33年(1958)からのことである。

 二つの思い出を同時に語るという実験的な手法を試みている為,語尾が「だ」調になっていますが気にしないように。

 ロックにもニューウェーブにも,ましてやディスコやクラブにも乗り切れず,変わった音楽を探していた頃,深夜ラジオのコミック・ソング特集かなんかで初めてスパイク・ジョーンズを聞いた時,初めて聞く未知の音楽のはずなのに,何故か先が読めてしまった。しかしその謎はすぐ解けた。フランキー堺の「ウィリアム・テル序曲」が記憶の箱から現れたからである。それにしてもフランキーのバージョンは何時頃耳にしていたのだろう。シャボン玉ホリデーだろうか…?
 スパイクに遅れること数年…おそらく昭和29〜30年(1954〜5)に,同じバンド名シティ・スリッカーズを名乗ってレコーディングされたカバー曲は,80年代にアナログ盤で1回,90年代にCDで1回再発されたので聞き比べることが出来る。

 笑いの要素で大きな違いは,まず,朝の情景から即うがいへ突入するフランキー版に対し,しょっぱなの金だらいを踏んづけて引っくり返したような大騒ぎで驚かせるスパイク版。が,この辺りの展開はほぼ同じ。決定的な違いは競馬中継の有無である。スパイクはこれを聞かせ所にしているのだが,気の抜けたアナウンサーによる実況とは言え,当然英語だし,子供の頃聞いていたら興味が湧いたかどうか。一方フランキーは植木等にズーズー弁で短いセリフを言わせているだけで,あくまでもスピードとヘンな音での勝負に賭ける。
 方言をネタにしたギャグを面白いと思ったことは余りないので,実はこの部分は記憶になく,改めて聞いてみてもむしろ谷啓がやっている(と解説にある)効果音の方にそそられてしまうのだった。

 音楽的にはやはり「間」の取り方が根本的に異なっていて,フランキーの方は民謡や日本調の曲の方が印象的なのである。本家のシティ・スリッカーズは根っからのコミック・ショー・バンド,日本のシティ・スリッカーズは笑いの取れるジャズ・バンドであったのだなと思った聞き比べであった。コミック・ソングやコミック・バンドについては,またいずれ。
| gingerpop | oldies | 16:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
月夜にボサノバ(Fly Me To The Moon)
 今では“月夜にボサノバ”の名でメロディを口ずさんでくれる人も滅多にいないであろう“フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン”。エヴァンゲリオンのエンディング・テーマに使われた事もありましたが,当時発生した大量のエヴァの信奉者の記憶には,ちゃんと仕舞われたでしょうか。

 原曲は1954年の"In Other Words"。ワルツ曲だったそうで,確かに4分の3拍子の歌や演奏のものを聞いたことがあります。実際にヒットしたのは1962年にボサノバ風の編曲で演奏されたバージョンで,その時から曲名も"Fly Me To The Moon"と変えられて有名になったとか。歌詞を訳してみると,こんな感じです。

  私を月へ飛ばして! 星の世界で遊ばせて!
  どんな風なのかしら,木星や火星の春って
  私に見せてちょうだい
  つまりね……手を握ってってことなの
  それはね……キスしてってことなの!

 宙に舞う気持ちとはこんなことを言うのでしょうか。世は米ソの宇宙開発競争時代,1957年のスプートニク1号に続いて翌年1月にはエクスプローラー号が打ち上げられています。そんな狂騒の世相も反映して,こんなロマンチックな歌詞が受けたのでしょう。数え切れないほどの男女が宇宙への憧れを口に乗せたかと思うと,何ともくすぐったいような気になります。今,未知の世界への冒険心は表舞台から姿を隠しているだけだと信じたい。消え失せたとは決して思いたくありません。

 日本では昭和37年(1962)に中尾ミエが歌っていますが,あまりボサノバらしからぬ演奏と歌で,歌詞も宇宙時代とはなんの関係もありません。印象の残らないラブソング。シングルのB面で出たんだそうです。
 当時,日本のレコード会社は「ニューリズム」なる珍奇なキャンペーンを次々と打つ事でブームを作り出していましたが,この時ボサノバが流行したのかどうか。ブラジル本国では短いブームだったそうで,むしろアメリカのジャズ・ミュージシャンが引き継いだ作品群の方が有名ですね。そのせいか,中尾ミエ版も間奏だけ聞くとぐいっとボッサ・ジャズ,ラテン・ジャズの雰囲気を濃くしています。

 オリジナルが誰なのか,日本語のカバー曲でヒットしたものがあるのか等々,この曲に関しては,そんな興味がほとんど湧いて来ません。題名と内容を知ってからというもの,聞こえてくる度に,目を開けたままでも体が一瞬無重力になったような不思議な感覚に囚われるのです。それだけ館主が宇宙好き,ということですかな。
| gingerpop | oldies | 01:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
悲しき60才 (Mustafa)
 記憶の棚の童謡のコーナーに仕舞われていたこの歌を歌っていたのが誰なのか,長い間知りませんでした。昭和35年(1960)の坂本九ちゃんデビュー時のヒットなのだそうです。その後の“ステキなタイミング”や“うへをむふいてあるこほほほ”と違って,ちょっと気の抜けたコーラス(パラダイス・キング)や物語り調の歌詞(by 青島幸男)…村一番の怠け者のムスターファが恋をして奮起一転,金持ちになった後で娘を迎えに行くと娘は…,さらにアラブ風味のアレンジが九ちゃんと結びつかなかった理由かな。

 元々はエジプトの民謡だと聞いたことがありますがどうでしょう。♪遠い昔のトルコ国の〜〜だもんね。検索でケマル・ラシッド&オトマンズなるグループも引っ掛かり・・,オトマン=オスマン・トルコだったら,やっぱ,トルコ民謡でしょう。ゴリゴリのトルコ・ポップスでも聞いてみたいので,そう決めます。(笑)

 アメリカでヒットしたアーチー・ブライヤー(Archie Bleyer)は未聴。本家はどれかなあ。パラキンはどのバージョンを参考にしたのかなあ。今手元で聴ける正体不明の Los Espanores(ロス・エスパニョーレス?正体不明)は,後半ジャズっぽいノリになったりして一筋縄では行かない面白い演奏をしてる。パラキンよりキーがかなり高いけど,祭囃子のような笛など似てるところも多い。<あ,こんな笛はインド映画で聞いたことがあるぞ…(@_@)。

 ところで。昭和35年(1961)には同じ題名のミュージカル・コメディ映画(音楽:宮川泰!)が,ジェリー藤男と森山加代子で作られています。てことは相当なヒットだったのだろうと推測されますね。ビデオ化されているなら見てみたいものです。
 一方,九ちゃんと競作だったという“東京ドドンパ娘”渡辺マリの方があまり知られてないのはどうした訳なのでしょう? 東京キューバン・ボーイズをバックにセリフ入りの歌なんだけれど。もしかすると「みんなのうた」でやってないか,コレで記憶の棚に残ったんじゃないのか?そんな気にさせるバージョンであります。

 歌のルーツを辿って行けば,古い伝承バラッドから河内音頭の新聞読みまで,各地にマスコミ代わりの歌がありましたし,童謡と昔話の境界も案外低いものだと感じられる歌もあります。なのに,近頃はとんと物語りの歌を耳にしなくなりました。
 書店のBGMなどで個人的な悩み事相談みたいな歌詞が聞こえて来たりすると,もっと大らかな気持ちになれる歌が聞きたいって思いますな。人生や悩める青春の恋愛相談や応援歌も思想や哲学も脇に置いて,他愛のない恋歌やユーモアのあるコミック・ソングの方がずっと楽しいと思う・・ぞ。と。
| gingerpop | oldies | 21:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
ドミニク (Dominique)
 NHK「みんなのうた」が大好きでした。同じ町内に電器屋があって道路から一台のテレビが見れるようにしてあったので,遊び疲れて家に帰る近所の子供達とブドウの房のように頭を寄せ合いながら,夕食前の時間を過ごしたものでした。不思議な怖い歌,季節感のある歌,無国籍な歌,お話のような空想力を掻き立ててくれる歌が印象深く思い出されます。現在放送されている番組は,同じ名前・同じ形式であっても時代性に囚われて,全くつまらない番組になってしまいました。
 視覚的には風景の映像,幻想的なアニメーション,切り絵,当時のテレビで考えられる手法はすべて試みられていたと思います。歌も映像も子供に媚びることなく,かと言って作家のエゴが表面に出過ぎることもなく普遍的に良い作品を生み出していました。

 で,♪ドミニ〜クニクニク 心やさしく強〜い人で〜の“ドミニク”です。スール・スーリール(Soeur Sourire)なるベルギーの修道女のみなさんのコーラス隊が…「天使にラブソングを」を思い出しますな…ザ・シンギング・ナン(The Singing Nun)と名前を変えてヒットさせたのだそうです。1963年のビルボードのナンバー1ヒット。この年は米語以外のNo.1ヒットが2曲も生まれた記念すべき年だったのですね。もう1曲?もちろん“スキヤキ”ですよ。(^o^)//

 オールディーズを聞き始めて戸惑うのは,競作が多くあって,どれが自分の記憶にあるものなのか分からなくなる事です。調査して行くと“ドミニク”も歌詞の内容が大きく違う少なくとも3種類の日本語バージョンがあることが分かってきました。

 単純明快なのは「みんなのうた」版。神の教えを説いて回る貧しき修道士の歌です。一方,ペギー葉山版はマコトに歴史的・戦闘的な言葉が目立ち,あれれれと思っていると,13世紀の異端審問と十字軍の歌だったのです。原曲とほぼ忠実な訳のようですが,教義に厳格・質素な生活で知られるドミニコ修道会の始祖を称え,♪ドミニコ,我らの師〜と歌われた部分はカットされた模様です。♪他宗の者と教えを競い〜の部分は,元は♪アルビジョワ派と競い力の限り戦う〜だったのだそうです。歴史に強ければ楽しめそうでしょ。(笑) ザ・ピーナッツ版は未聴。

 さて“ドミニク”にも女性版がありました。♪ドミニ〜カニカニカ 粗末ななりで〜と歌われるバージョンです。調べてみると,♪それはめくらの少女 閉ざされた黒い瞳〜なる歌詞を覚えている人を発見。デビー・レイノルズ主演の実話を元にしたミュージカル映画「歌え!ドミニク」(1966)から,デビーが歌ったフランス語バージョンの翻訳なのだということらしいです。それにしても「めくらの少女」って・・。当然今では放送もCD化も自粛して出来ないんじゃなかろうか。誰が歌っていたのか,知ってる人いませんか。
| gingerpop | oldies | 02:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
モスコーの夜はふけて(Midnight In Moscow)
 手持ちのザ・ピーナッツのベスト盤には収録されていなくて口惜しい曲。長いこと“ワシントン広場の夜は更けて(Washington Square)”とごっちゃにしてまして。時々とんでもない勘違いをしていた事に気付いて冷や汗が出ます。…例えばアルバート・リーとアルビン・リー…とか。(;^_^)ゞ

 オリジナルはイギリスのトラッド・ジャズの代表ケニー・ボール(Kenny Ball)。ここで言うトラッド・ジャズとはディキシーランド・ジャズがイギリスに渡って展開した独特のスタイルの音楽を指していて,1950年代に人気を博し,スキッフル・ブームへ引き継がれてブリティッシュ・ビートの実を結ぶことになります。が,それはいずれ。
 ちなみに,ケニー・ボールは来日時に“上を向いて歩こう”を気に入って“スキヤキ”としてヒットさせ,九ちゃんのアメリカでの大ヒットのきっかけを作った人として知っておけば,雑学の足しになるでしょう。(^_-)

 1960年代前期までの欧米の流行音楽が世界音楽であった証拠として,この曲を語っても良いかもしれません。原曲はロシアのもののようだし,北欧エレキ・インストバンドの雄ムスタングス(確か現役!),アルフレッド・ハウゼのタンゴでも,ラテン界でもヒットしていたそうです。何曲くらいカバーがあるんでしょう。

 昭和37年(1962)のザ・ピーナッツのバージョンはジャズよりはタンゴの風味がします。余りスウィングさせずミディアム・テンポに落として,ロシア臭さを表に出した編曲の妙もあったりして,他に類を見ないハーモニーや,クレッシェンド/デクレッシェンドを波のように聞かせるスタイルはもう完成していて,追従者は現在でもおりません。
 編曲は育ての親である宮川(宇宙戦艦ヤマト)泰氏で,新奇なものに目ざとい人だったんでしょうね。70年代にはヘヴィな前衛的ロックまでコンサートで歌わせてたんだから凄い人です。歌ってしまうピーナッツも凄いですけどね。キング・クリムゾンの“21世紀の精神異常者”やユーライア・ヒープの“対自核”ですよ,まったくぅ。

 一方,イギリスのトラッド・ジャズのブームから生まれたもう一つのヒット曲に“小さな花(Petit Fleur)”があって,これがザ・ピーナッツのデビュー曲“可愛い花”だったりするんですが,これを1959年にアメリカでヒットさせていたのがクラリネット奏者のピーナッツ・ハッコー。“可愛い花”のB面が“南京豆売り”。ふ〜〜ん,新人のデビューにしては中々洒落た(イタズラな)選曲だこと。今ではちょっと高尚過ぎてできない事ですわね。〜(@_@)〜
| gingerpop | oldies | 21:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
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