古今東西音楽館増築部

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長崎ぶらぶら節〜愛八
長崎ぶらぶら節ビクター VICG-60403(2000)

映画にも舞台にもなったなかにし礼の小説「長崎ぶらぶら節」の主人公・愛八本人の演唱によるSPをすべて収録したもの。昭和6年の2月の録音10曲で同年5月〜翌7年11月にかけて発売されています。

 CD では Aihachi となっていたのでずっとそう思っていましたが,いくつかの文献では「あげはち」とされているそうです。親族で「あいはち」と呼ぶ方もおられたようですが,親族にだけそう呼ばせていたのかもしれないと,取り敢えず「あげはち」と呼んでおくことにしました。

 もともと日本人は誰もが詩を読む事や歌を歌うことが得意だったのではないかと考えています。(日本音楽史家・小島美子さんも「クラシックを音楽の頂点に置く教育が歌えない日本人を作り出した」とずっと主張しておられる。)
 子守歌で眠り,爺や婆が語る昔話が歌として耳に届き,子供の遊びのほとんどが歌と結び付いていた頃,若者は男女の寄り合いで歌で気を引こうと頑張ったり気持ちを伝え合ったりしただろう。毎日の作業には仕事歌,冠婚葬祭に祝の歌・弔いの歌。季節の節目には祭りの歌。そして慰霊や神に捧げる歌。

 社会や制度の変遷と共にそれらが発展して専門の集団ができれば芸能としての道を歩むわけです。最初から芸能有りきとは思えないんですね。きちんと本を読んだわけでもない不勉強者の戯言ですが,「芸」になる以前,庶民の生活の中にシャボン玉のように現れては消える歌に興味が湧くのです。難しく言えば公共性を獲得する以前のとても個人的な歌に…かな。
 乱暴に言ってみれば,作家・作品なんてどうでもいい。出来が良いもの悪いもの,みんなひっくるめて生活の糧である歌。聞く事・体験することの不可能なものへの憧れがあります。フィールド・レコーディング…これは紛い物です。紛い物として愛すべき物。

 一方で庶民の歌のある部分は都市に流れて変形し,磨かれて光ったものがスタイルを確立していったのだろうと夢想します。遊郭・寄席・芝居小屋・旅芸人・・・演じる者と受け取る者が明確に分かれる場で,喜ばれ繰り返し演じられてより強い生命力を獲得していったのだろう。それでもある芸は消え,ある芸は残る。そして変化する。
 このアルバムにも“江差追分”が収録されています。今でこそ民謡の王様的扱いを受けるこの歌も,都会で洗練されて初めて全国区のいわゆる「民謡」になったのかもしれません。

 消え行くものを惜しみ,形に残そうとする人がいるのは何故なのか。消えて行く感性や美意識を惜しむのはどういった類の人なのか。まあ考える事はたくさんありますが。取り敢えず図書館で借りそびれたままになっている本を早く読まねばなあ。
| gingerpop | vintage | 16:48 | comments(0) | trackbacks(1) |
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北海道江差で日本一は、やはり江差追分ですね
江差町で、忘れてはならないのが、江差追分です。江差追分(えさしおいわけ)は北海道の民謡。檜山支庁管内の江差町が発祥の地であります。江戸時代中期以降に発生したとされています。信濃の追分節に起源があるとするのが定説のようでもあります。一年に一度江差町で全
| 北海道、札幌からの旅情報 | 2007/05/04 1:33 PM |
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